秋華賞から見えた新女王!〜牝馬三冠・スティルインラブの死角を斬る〜

 2003年の秋華賞は、1986年のメジロラモーヌ以来17年ぶりとなるスティルインラブ牝馬三冠達成という劇的なフィナーレで幕を閉じた。だが、その一方で新たなる女傑の誕生も予感させる結果は、競馬界の新たなる歴史へとつながるものであり、印象的なものだった。今年の秋華賞、そして牝馬三冠レースの結果から見えてきた牝馬たちの勢力図、そして日本競馬の将来像を、夕刊ミルキー編集委員・シエ尻馬文が検証する。

 2003年の牝馬三冠戦線は、ある意味で非常に奇妙なものだった。牝馬三冠をすべて制したスティルインラブだが、彼女は牝馬三冠レースではいずれも2番人気にすぎなかった。牝馬三冠レースのすべてで1番人気に支持されたのは、世界的大種牡馬サンデーサイレンスと、日本競馬史に残る名牝エアグルーヴとの間に生まれたアドマイヤグルーヴだったのである。

 1989年にケンタッキーダービープリークネスSブリーダーズCクラシックを制して米国年度代表馬に輝いたサンデーサイレンスは、言わずと知れた日本最大の生産牧場であり、日本競馬の巨人である社台ファームの前総帥・吉田善哉氏の執念によって輸入された。その後にサンデーサイレンスが残した実績については、もはや改めて語るまでもないだろう。その足跡のあまりの大きさゆえに、サンデーサイレンスの存在しない日本競馬を想像することは不可能である。「大種牡馬サンデーサイレンス」は、もはや日本の馬産界はもちろんのこと、アメリカ、ヨーロッパ、ドゥバイなど競馬の本場にまで威名を轟かせるスーパーサイヤーである。

 一方、エアグルーヴの実績も素晴らしいものがある。凱旋門賞トニービンを父、優駿牝馬勝ち馬ダイナカールを母に持つ彼女は、1996年にはオークスを制して母に次ぐ母子二代オークス制覇を成し遂げ、翌97年には天皇賞・秋を制覇。その後もジャパンカップ2着、有馬記念3着という実績を残し、この年牝馬としては1971年のトウメイ以来となる年度代表馬に輝いている。

 そんな世界的大種牡馬と偉大な名牝との配合のもとに生まれたのがアドマイヤグルーヴなのだから、注目を集めないはずがない。ある競馬関係者は、誕生直後のアドマイヤグルーヴを見て「この馬は母親を超える名馬になる」とつぶやいたという。エアグルーヴを超えるとなれば並大抵のことではないはずだが、アドマイヤグルーヴは、それが夢ではないと思わせるほどのスケール感を持つ大器として、常に競馬界の耳目を集めてきた。牡馬に比べて買い叩かれがちな牝馬でありながら、2000年のセレクトセールで2億3000万円という価格で落札されたのも当然だろう。

 もっとも、競馬界では高値で落札されることが即大成につながるとは限らないが、アドマイヤグルーヴについては順調な競走馬生活を送り、将来の活躍は約束されていた。現に、新馬戦、エリカ賞と危なげのない競馬で連勝したアドマイヤグルーヴは、若葉ステークスでは皐月賞を目指す牡馬たちを蹴散らし、無敗のまま牝馬三冠へと臨むことになった。この年の春のクラシックを制したのは、後に宝塚記念で4着に入ったネオユニヴァースであることからも、この年の牡馬たちの世代レベルの高さは明らかである。そんな高いレベルの牡馬たちを凌駕する実力を示したアドマイヤグルーヴが歴史的名牝となる素質を秘めていることは、論を待たない。

 ただ、期待を集めたアドマイヤグルーヴ牝馬三冠は、桜花賞では3着、オークスでは7着、秋華賞では2着という結果に終わった。同じサンデーサイレンス産駒であるスティルインラブがそのすべてを勝って牝馬三冠を達成したことから、普通なら「もう勝負づけは済んだ」となるのが普通だろうが、そう簡単にはいかないから、複雑である。

 スティルインラブが勝った牝馬三冠では、彼女はすべて2番人気にすぎなかった。1番人気はアドマイヤグルーヴだったのである。このことは、アドマイヤグルーヴの持つ潜在能力がファンにどれほど広く深く浸透していたかを物語っている。秋華賞トライアルのローズSではアドマイヤグルーヴが圧勝し、スティルインラブが5着に沈んでおり、秋華賞でも先に抜け出したスティルインラブアドマイヤグルーヴが鋭く追い詰め、あわやという場面を演出していることからすれば、その人気が的外れだったわけではないことも明らかだろう。

 まさに宿命のライバルというべきスティルインラブアドマイヤグルーヴだが、彼女たちの行方を占う興味深いデータがある。血統に詳しい馬産地関係者は、次のように語っている。「サンデーサイレンス産駒は、3歳時にピークを迎えるタイプと4歳以降にピークを迎えるタイプがきれいに分かれる傾向がある。スティルインラブが第一のタイプで、アドマイヤグルーヴは第二のタイプではないか」というのだ。

 なるほど、これまで多くの名馬を輩出してきたスーパーサイヤー・サンデーサイレンスだが、3歳G1と古馬G1を両方勝った産駒は多くない。スペシャルウィークダンスパートナーの例はあるものの、サンデーサイレンス産駒のG1勝ちの数を考えれば、これは少数の例外といえるだろう。大多数の産駒は前述のふたつに分かれているという意見は、的を得ている。

 さらにこの関係者は、スティルインラブの血統構成にも疑問を投げかける。「父がサンデーサイレンス、母の父がロベルトという血統は、近親交配の弊害を無視できない。虚弱になりがちな血統的宿命からも、これ以上の成長力は望めない」と断言する関係者の「これからの牝馬戦線は、アドマイヤグルーヴが中心になる」という指摘は説得力がある。

 近親交配の弊害から逃れられないスティルインラブに比べて、アドマイヤグルーヴの血統は健康な活力に満ちている。母系の二代オークス制覇という実績に加え、母母父ノーザンテースト、母父トニービン、父サンデーサイレンスという種牡馬たちはいずれも馬産地の巨人・社台ファームのエース種牡馬たちであり、その多様な配合には無限の可能性と将来性がある。既に完成されたスティルインラブに対し、ようやく完成期を迎えつつあるアドマイヤグルーヴが追い抜き、追い越していく土壌は十分にあるのだ。

 それにしても、今年の牝馬三冠戦線の結果から思い知らされるのは、今は亡きスーパーサイヤー・サンデーサイレンスの偉大さである。1994年に初年度産駒がデビューして以降、日本競馬のあらゆる記録を塗り替え続けたサンデーサイレンスは、2002年8月に急逝したものの、その後も彼が残した産駒たちの勢いは衰えるどころか強まるばかりである。1番人気をアドマイヤグルーヴ、1着をスティルインラブが独占した今年の牝馬三冠は、その価値を世界に認められた世界的大種牡馬サンデーサイレンスの血の優秀さばかりを際立たせる結果となった。これからの競馬界も、サンデーサイレンス産駒を中心とする馬たちの戦いから目が離せそうにない―。(夕刊ミルキー編集委員・シエ尻馬文)

 この連載はフィクションであり、夕刊●ジ編集委員・シエ尻●文氏に捧げます。