テイエムオペラオーの鬱な日記(2005年11月7日)〜とっぷろおど君が、死んだ。〜

 放牧を終えて家に帰ると、僕の部屋の前にメイショウドトウ君が立っていた。
「やあ、ドトウ君。久しぶりだね。遊びに来てくれたのかい」
 でも、こちらを振り返ったドトウ君の顔は、これまで見たことがないほど暗いものだった。
「…そうか、お前はまだ知らないのか。…トプロが、死んだ」
 そうか、なりたとっぷろおど君が死んだ…え?
「℡屋から電報が来たんだ。今朝早くに、心不全で死んだそうだ」
「ひどい冗談だな。笑えない話はよしてくれよ、ドトウ君」
 そう言いながら、僕は自分の足が震えて立っていることさえ辛くなってきた。…ドトウ君は、皮肉屋であるが嘘は言わない。まして、こんな笑い話にもならない嘘を言うような奴でないことは、僕ととっぷろおど君が一番よく知っている。
 そして…ドトウ君は鹿毛なので見分けにくいけれど、彼の目の下にははっきりとくまができている。あれは、寝不足なんかでつくものじゃない。…かなり長い時間泣いたりしたのでなければ。
「今日は通夜だ。葬式は、いずれお前のところにも案内が来ると思う。じゃあ、俺はこれで」
 ドトウ君は、去っていった。ドトウ君が持ってきた信じたくないニュースをもう一度聞き返そうとして、やめた。後ろから見ると、彼の肩が震えているのがはっきり分かったからだ。
 なりたとっぷろおど君…彼は、僕が現役時代に戦い続けた、素晴らしいライバルだ。いつも「鬱だ、鬱だ」とぼやき、「能天気親父」サッカーボーイさんや(´ε ` )な渡辺さんに悩まされながら、結構楽しそうだったとっぷろおど君。競走馬としての直接対決は僕の方が優勢だったけれど、彼との戦いはいつも勝ちと負けの間の綱渡りだった。運命の女神様のほんの少しの気まぐれで僕が勝つことの方が多かったけれど、彼がいなければ、僕はGl7勝、2000年古馬・芝の中長距離Gl完全制覇という仕事を成し遂げることができなかったと思う。
 メイショウドトウ君やアドマイヤベガ君も大切なライバルだけど、クラシック戦線から引退までずっと戦い続けたなりたとっぷろおど君は、僕の最大のライバルであり、最高の友人なのだ。
 そんなとっぷろおど君が、死んだ。ドトウ君の背中が見えなくなると同時に、僕はがっくりと座り込んだ。目の前が真っ暗になって、立っていられなかったのだ。*1 *2

 (文責:ぺ)

 ところで、ぼくは、これまでかきつづってきた日記ちょうを、この馬ぼうにうめていこうと思う。
 いわば、たいむかぷせるだ。いつのひか、これまでのぼくとおなじように、鬱と渡辺に悩まされる馬がこの馬ぼうにはいったとき、かならずこれらのノートを見つけてくれるとしんじているから。
 2003ねん1がつ19にち(にちよう) なりたとっぷろおど

(「なりたとっぷろおどのさらば青春の鬱日記」876より)

サラブレッド列伝第71話―わが友、渡辺「ナリタトップロード列伝」

http://www.retsuden.com/
http://www.retsuden.com/vol70-01.html (未完・改訂版)

*1:「なりたとっぷろおどの鬱な日記」シリーズからインスパイアされました。

*2:http://tokyo.cool.ne.jp/umaya/utudiary.htm