競馬サブカルチャー論・第14回:馬と『機動武闘伝Gガンダム』(中)〜モビルスーツを操る史上唯一の名馬/その名は風雲再起!〜

 この連載は有史以来常に人間とともに在った名馬たちの記録である。実在・架空を問わず全く無名の馬から有名の誉れ高き馬まで、歴史の決定的場面の中において何ものかの精神を体現し、数々の奇跡的所業を成し遂げてきた姿と、その原動力となった愛と真実を余すところなく文章化したものである。

 「出てこいドモン! 決着は生身でつけようぞ! そう、今更なんでメカに頼ろうものかぁ! 出ろ! 貴様も武闘家ならば、自分の体で闘わんかぁ!!」
 ―馬は、常に人間の傍らに在る。

 その存在は、競馬の中核的な構成要素に留まらず、漫画・アニメ・小説・音楽―ありとあらゆる文化的事象にまで及ぶ。この連載は、サブカルチャーの諸場面において、決定的な役割を担ってきた有名無名の馬の姿を明らかにしていきたい。

− 今川泰宏・総監督『機動武闘伝Gガンダム』 より−

 未来世紀―荒廃しつつある地球を捨てた人類は、宇宙にスペースコロニー国家を作り生活していた。各国では宇宙での大規模な戦争を避けるため、ガンダムファイトと称し、地球をリングに各国の代表としてガンダム同士を闘わせ、優勝した国にその後4年間の主導権を与える制度を発案する。そして未来世紀60年、ガンダムファイト第13回大会が開催されようとしていた。主人公のドモン・カッシュは、クルーのレイン・ミカムラとともに各地をさまよいながら、ネオジャパン代表のガンダムファイターとしてガンダムファイトを続けていた。旅の途中で、後に"シャッフル同盟"として仲間となるチボデー、サイ・サイシー、ジョルジュ、アルゴと拳を交えお互いを認め合い、信頼できる仲間となっていった。また、行方不明となっていたドモンの師匠にして、最強の格闘家である東方不敗マスター・アジアとも再会。しかし、それがドモンにとっての悲劇の始まりだった―。

 「ふっふっふっふっふっ、ふっふっふっふっふっ。…惜しい。実に惜しい。もう少しで楽にお前を仲間に出来たものをな…。」
 「ど、どういう事です!」
 「この馬鹿者め! このワシの正体に、まだ気づかんのかぁっ! 」
 「こ、これは! あの時の! 」
 「ふっふっふっふっふっ…。そうだ!これが東方不敗の真の姿…。そう、マスターガンダムだ!」
 「そ、そんな!師匠が! 先代のキング・オブ・ハートが! デビルガンダムの手先だったなんて…!?」
 「ふっふっふっふっふ! 驚くのも無理はなかろう、信じられぬのも無理はなかろう。だが、これ事実だ! 悲しいかドモン! 恐ろしいかドモン! お前の師匠には全てお見通しだ! だからワシを信じろ! されば救われる。さあ、この手を取れ。そして立ち上がれ。ワシはいつもお前と一緒だ! だから安心しろ! ほうら、あのデビルガンダムが、いや、兄上がお待ちだぞぉ。」

 前回に紹介した通り、白馬「風雲再起」とともに圧倒的な登場を果たすマスター・アジアだが、共にデビルガンダムを倒す仲間となるはずだったマスターこそ、実はドモンの兄であり仇敵でもあるキョウジ、そしてデビルガンダムと結託していたのだ。

 マスター・アジアは、ドモンが拳を交えて認め合ったライバルであるチボデー、サイ・サイシー、ジョルジュ、アルゴたちをもデビルガンダムの「DG細胞」によって洗脳して手先に加え、信じ切っていた師匠に裏切られたことへの驚愕と絶望から抜け出せないドモンに猛攻をかける。

 大苦戦するドモンは、突如現れた「シャッフル同盟」―かつてマスター・アジアとともに戦い、コロニー格闘技五天王と称されながらも、マスター・アジアの裏切りによって決裂した4人の救援によってかろうじて救われる。しかし、「シャッフル同盟」はDG細胞に侵されたチボデー、サイ・サイシー、ジョルジュ、アルゴを自分たちの後継者と認めると、彼らを救い出すことと引き替えに、自らの生命を捧げるのであった。

 今川路線の最大の特色である「熱血」がようやく炸裂し始めるこのあたりが「機動武闘伝Gガンダム」が迎える第一のヤマである。まずは「見ろ」というしかない。

 その後、「Gガンダム」の世界は、ドモン、新たな「シャッフル同盟」として仲間に加わったチボデー、サイ・サイシー、ジョルジュ、アルゴ、そして唯一マスター・アジアと互角に戦い得る技量を備えた謎多き「覆面のゲルマン忍者」シュバルツ・ブルーダーらによる友情と成長の物語であるところの、「ギアナ高地編」へと発展していく。

 物語の鍵を握る存在であるシュバルツの登場から、ドモンとマスター・アジアの対決に一応の決着がつく(かに見える)までの「ギアナ高地編」、特にその後半部分である第21話から第24話にかけての決戦は、とにかく暑い。…否、熱い。

 ガンダムファイト第13回大会のタイムリミットが迫る中、ギアナ高地でデビルガンダム率いるデス・アーミー軍に包囲されたドモンは、シャッフル同盟を先に逃がして(挿入歌の「漢たちの挽歌」は絶品である)デビルガンダムとマスター・アジアに挑む。ドモンとマスター・アジアとの実力差は大きく、マスター・アジアの前に一敗地にまみれるかに見えたドモンだったが、シュバルツの命懸けの救援と、彼から伝授された「明鏡止水の心境」の会得によって逆転し、ついにマスター・アジアとデビルガンダム倒すのである。

 これだけを読むと、これが「Gガンダムの最終回」と言われても不自然ではないだろう。実際、物語の「第二のヤマ」であるその前後の盛り上がりは、通常のアニメはもちろんのこと、一般的なガンダムにおける最終回前後の盛り上がりをも軽く凌駕する。

 だが、賢明なる「競馬サブカルチャー論」の読者ならば、これが「Gガンダム」の終わりでないことは容易にお分かりだろう。なぜなら、「ギアナ高地編」には、風雲再起はまったく出てこないからだ。

 名馬、否、名馬の中の名馬である風雲再起が、主人であるマスター・アジアの絶体絶命の危機、そして敗北にも関わらずまったく出てこないというのは、不自然なことこの上ない。並の駄馬ならいざ知らず、風雲再起ほどの真の名馬が、主の危機に駆けつけないはずがない。その点から、マスター・アジアはいまだに真の危機に陥っていないことを読み取ることができる。

 そうすると果たして、ガンダムファイト第13回大会に出場するためギアナ高地からネオ・ホンコンへと急行するドモンとゴッドガンダムに対して、ドモンよりわずかに遅れてギアナ高地から飛び立った4つの謎の光が激しく攻撃してくる。そのシーンを一時停止後コマ送りにしてみると、ドモンを攻撃する光の中のひとつは、あたかも馬のような形をしていた。

 タイムリミットぎりぎりで間に合ったドモンは、ようやく香港でのガンダムファイト第13回大会開会式への出席を許される。開会式で次々と姿を現す、国際色豊かな世界各国のガンダムたち。そんな開会式を見つめる、いかにも悪人面な新登場の眼鏡男と、その背後にいるどこかで見たことがあるおっさん(声はマスター・アジアと同じ秋元羊介)。そして、ついに始まる開会式で―

 シュバルツ「待て!まだ大物が残っているらしいぞ!」

響き渡るのは馬の蹄音。真っ白な光の中から現れるのは…馬に乗ったガンダム

 ドモン「あ、あれは、まさか!? 」
 マスター「ゆくぞ! 風雲再起! ハアーーッッッ!! 」
 ドモン「間違いない! マスターガンダム! 」

そこに現れたのは、馬に乗ったマスター・アジア―、もとい、「モビルホース」に乗ったマスターガンダム(操縦者はマスター・アジア)だったのである!

 ドモン 「そうだ、確かに俺はあんたを倒したはず…。それなのに、なぜだ! 答えろ! 東方不敗! 」
 マスター「うるさい! 何を寝言をいっておる! わしはこうしてここにおる。何の不思議があろうか! よいか、今回の大会は、まず貴様らで総当りリーグ戦を行い、トップレベルの数名のみが選ばれる! そして、あのランタオ島で、本決勝のバトルロイヤルを行い、真の優勝者を決める! だが、心してかかれよ! このワシはシード選手として、先にあそこで待っておる! そして、貴様ら全員を叩きのめし、東方不敗ではなく、真の王者! 東!西!南!北! 中央不敗! スーパー・アジアと、なってくれるわぁっ! ふっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!! 」

 チボデー「東!? 」
 サイ「西!? 」
 ジョルジュ「南!? 」
 アルゴ「北!? 」
 シュバルツ「中央不敗だとっ!? 」

 マスター・アジアは生きていた。倒されてなどいなかった。その彼が、ついに愛馬・風雲再起とともに戦場へと降り立ったのである(馬の名前が「風雲再起」であることも、視聴者に対してはここで初めて明かされる)。

 「モビルホース」とは、世界で唯一の馬型のモビルスーツである。Gガンダム世界でのモビルスーツは、中に人が入って戦う。それと同じように、モビルホースの中には馬が入って戦うのだ! 古今東西、名馬と呼ばれた馬は多けれど、モビルスーツを操る名馬は、彼以外にはいないと断言できる。

 マスター・アジアが一方的に宣言した大会の内容が、ものすごく手前勝手なものであるなどということは、この際どうでもよい。ここで初めて明かされた彼の野望…「真の王者!東!西!南!北!中央不敗!スーパー・アジア」となることのためには、古今東西、唯一モビルスーツを操る風雲再起の力が必要なのだ。彼が愛馬とともに戦いに臨むという事実こそが、これから始まる戦いがGガンダム・真の戦いであることを物語っている。ギアナ高地の戦いですら、それは前座でしかなかったのだ。

 競馬サブカルチャー論も、いよいよ風雲再起の偉大さを紹介し、論証していく段階に入った。その全貌が明らかになった時、風雲再起の名馬性が天下に広く知れ渡り、同族から彼を生んだ馬に対する国民の認識は、より新たな至りへと導かれることだろう…!

 馬が果たす役割は、計り知れない。そこに馬がいるから。馬は、常に人間の傍らに在る―。