さようなら〜2002年供用停止種牡馬外伝その28「タイプスワローの場合」

 JRHR日本軽種馬登録協会から2002年供用停止種牡馬一覧が公表されたのを受けて、MilkyHorse.comではニュースコンテンツ「文芸欄」の企画として、まよ氏@MiljkyHorse.comの執筆による供用停止種牡馬の馬生を簡単に振り返る外伝を連載します。

 タイプスワロー(JPN)→2002年7月29日、死亡

 1986年生。父はTourbillon→Le Levanstellという傍流の血を引き、名牝タイプキャストを母に持つラッキーキャスト。母ミセスジュネブラは、テンポイントの父として知られるコントライトの産駒。早来の名門・吉田牧場の名血を集成した配合である。

 笠松の名門・荒川友司厩舎からデビュー。旧3歳時は6戦して3勝するも、若駒の登竜門である笠松・ジュニアグランプリは8頭立ての最下位。明け旧4歳時も緒戦の笠松ゴールドジュニアから8連敗。しかし、秋に条件戦を連勝し、徐々にではあるが頭角を現す。

 旧5歳になってようやく本格化すると、13戦8勝の好成績を収める。その後は各地に積極的に遠征しながら、東海地区のA級馬として堅実に活躍した。旧6歳時、ハイペースで先行し、そのまま抜け出して押し切る圧巻の内容だった中京・芝の東海桜花賞。佐賀に遠征して見事な勝利を挙げた旧7歳時の佐賀・開設記念。断然人気のトミシノポルンガを相手に、60Kgを背負って鮮やかに逃げ切った旧8歳時のオグリキャップ記念。これらの勝ち星が光る。

 引退後は青森県で供用されたが、残念ながらこれといった活躍馬は出ていない。東海桜花賞の勝ちっぷり、JRAに挑戦したテレビ愛知オープンでイクノディクタスの3着に入った内容からは、芝向きであった印象が強い。中央入りするなどして、もっと芝コースでの走りを見たい馬だった。