馬券相互発売の解禁に絡む、地方競馬・各主催者ごとのメリット・デメリットと思惑

【日刊スポーツ】 地方競馬を抱える岩手県群馬県、栃木県、石川県、岐阜県、愛知県、高知県佐賀県の計8県は、6月29日、中央競馬地方競馬との馬券相互販売を認めた今年の改正競馬法に関連して、JRAの馬券を地方競馬が販売する際には地方競馬側に支払われる委託料を馬券収入の10%以上にするよう求める要望書を、農林水産省JRA日本中央競馬会に提出した。

 要望書は、今回の改正法の規定だけでは地方競馬の経営改善の展望を得られないと指摘し、収益改善が現実的に進むような取り決めを、国・JRA地方競馬主催者の三者間でなされるべきと述べているとのことである。

 ちなみに、地方競馬主催8県が要望した販売委託料率10%以上という指数そのものは、現在、地方競馬主催者同士で行われている相互発売の委託料率と同水準であるので、合理性に欠けるものではない。

地方競馬側にとっての馬券相互発売の意味合い―

 改正競馬法の2005年1月1日施行に伴って、中央競馬と各地方競馬間で馬券発売を委託し合えるようになることが決まっている。中央競馬がその競馬場や場外馬券売場(ウインズ)で委託を受けた地方競馬の馬券を発売できるようになることは勿論だが、各地方競馬がその競馬場や場外馬券売場中央競馬の馬券発売を実施できるようになることの方が、影響がはるかに大きい。

 最近、各地方競馬では、高コストの自場開催分よりも、他主催者の競馬開催にいわば便乗できる他場開催分の委託発売の方が高収益を上げており、他場からの馬券発売の委託引き受けに積極的な競馬場が増えている。現在は、各地方競馬主催者の発売総額に占める他場発売分の比率はわずかなものだが、将来的には他場発売分が各地方主催者の主力商品になる可能性がある。

 これは、各地方競馬主催者が他場の馬券売上を支えるためにお互いに自場開催を持ち出しあう、という本来的ではない運営形態となることを意味している。しかし、各地方競馬の相互発売拡張そのものは、より広い意味で言えば地方競馬が緩やかな連合方式で全国商圏化することに他ならず、民間の各競馬場が独立採算制で運営されながら、かつ相互発売委託も盛んなアメリカ合衆国とよく似たビジネスモデルを形成する好機でもあるわけである。

 地方競馬間での相互発売に加えて、今回話題となっている中央競馬の馬券発売をも各地方競馬場が受託できるようになれば、地方競馬側にしてみればサイマルキャストのためのキラーコンテンツを手にできることを意味し、大幅な売上増がもくろめることだろう。あるいは、中央競馬の馬券発売額が増えた分、自場開催分の売上が割を食う可能性も大きいが、少なくとも高コストな自場開催を削減してでも他場の場外馬券売場として縮小均衡型の経営安定化を図るという見地からは、一概に否定されるべきものではない。

 今回の要望書提出によって、少なくとも岩手県競馬、公営高崎競馬、公営宇都宮競馬、公営金沢競馬、公営笠松競馬、愛知県競馬、公営高知競馬、公営佐賀競馬は、中央競馬の馬券を発売する意思があることが明らかになったわけであり、引いては相互発売の前提として当然ながら自場開催を(規模はともかくとして)継続していく経営意欲を持ち合わせていることも示唆された。

 ところで、今回の要望書提出に加わっていない道営ホッカイドウ競馬南関東4場(大井、船橋、川崎、浦和)、兵庫県競馬、公営福山競馬、公営荒尾競馬の動向も気がかりである。そこで、記者による推測ということを断った上で、各競馬場ごとに考察してみよう。

 道営ホッカイドウ競馬は、原則として中央との相互発売に前向きな姿勢を明らかにしているが(2004年6月9日付プレスリリース)、「馬産競馬」を標榜して2歳戦を中心に据えた番組改革を実施したばかりであり、しかもその2歳戦はJRA認定競走が中心であるため、既にJRA2歳新馬・未勝利戦の代替競走という位置付けでJRAとの間で実質的な番組統合が完了している。実際、最近の2歳ルーキーチャレンジ、フレッシュチャレンジ、アタックチャレンジ競走では毎週のように新種牡馬産駒の勝ち上がり情報が相次いでおり、番組としての話題性が従前より増している。こうしてみると、道営競馬の開催期間中に中央競馬の馬券を一律に取り扱うことについては、そのメリット・デメリットを計ることが難しいかもしれない。もちろん、道営競馬が休みとなる冬季期間中や、JRA競走のうちでも重賞やオープン戦に限って通年で取り扱うことについては、増収が大きく見込めそうである。

 南関東4場の場合、大井競馬場の存在感が極めて大きい。また、南関東グレード競走の整備も進んでおり、番組の話題性・魅力について独自ブランドの確立に成功している。また、中央競馬と相互発売を実施しようにも、「ウインズ後楽園」と「オフト後楽園」の立地を見てみれば分かるように、共存というよりも明らかに競合関係にある場外同士では解禁する意味がまったくないだろう。このように、他の地方競馬場に比べて明らかに有利な経営資源を持ち合わせている南関東競馬としては、中央競馬の馬券発売を解禁することは自場開催のブランドを損なうデメリットの方がはるかに大きい。南関東4場(特にTCK東京シティ競馬)は、今後も独自路線を堅持する公算が大きい。それはそれで頼もしいことである。

 そして、公営福山競馬の場合だが、運営母体が福山市単独であるため、今回の県レベル主導の要望著提出に関与できなかっただけかもしれない。また、福山競馬が全国で唯一、アングロアラブ系専門の番組体系を維持していることとの兼ね合いもありそうだ(ある意味、福山市周辺の馬券商圏は鎖国状態なので、中央競馬の解禁ともなるとカルチャーショックが大き過ぎそうである)。しかし、最も大きな要因は、南関東4競馬場との関係が緊密であるためだろう。公営福山競馬では、中央競馬とバッティングする土曜・日曜に自場開催を行っており、自場開催のない平日は原則として南関東4場の場外発売を実施している。こうしたローテーションの下では、新しく中央競馬の馬券発売を実施すれば、重複開催の自場発売が壊滅的な打撃を受けかねないし、かといって中央競馬の馬券発売を円滑に実施するために自場開催を平日へ移すと、今度は現在のドル箱・南関東場外発売とバッティングする。こうした特殊事情がある以上、公営福山競馬は南関東4場と行動を共にする可能性が大きい。

 兵庫県競馬と公営荒尾競馬の動向については、寡聞にして判断材料を持ち合わせていないため割愛する。

 要するに、現在の競馬番組にブランドなり個性が備わっている地方競馬場にとっては、中央競馬の馬券発売解禁はそこから見込める増収というメリット以上に、自場開催分の減収が及ぼすデメリットの方が大きくなるため、単純に中央競馬の馬券発売委託を受けることに対しては慎重な姿勢とならざるを得ないだろう。これに対して、自場開催分の番組編成にブランドや個性が備わっていない地方競馬場にとっては、「これ以上捨てるものが何もない」ので、自場開催分の不可逆的な衰退というデメリットを丸呑みしても、なお中央競馬の馬券発売を開始することに伴う増収というメリットの方が明らかに大きいということになるだろう(―とまで言ってしまうのは物議を醸す物言いだろうか? )。

中央競馬側にとっての馬券相互発売の意味合い―

 他方で、JRAからしてみれば、地方競馬場を通じて中央競馬の馬券が発売されることは、JRAによる直売に比べて粗利率の低い販路が増えるに過ぎないためメリットは必ずしも大きくない。もっとも、競馬場やウインズのない地域に場外馬券売場を一斉に進出することができるという意味では、もともと全国を馬券商圏としているJRAにとって直営の場外馬券売場を運営する際にかかるランニングコストを負担せずに済む分だけでも、委託発売にも意義はありそうだ。

 しかし、JRA地方競馬の馬券を発売することについては、売上増へつながる期待はおそらく小さい(ダートグレード競走など一部の「優良商品」の発売ならば売上効果はあるかもしれないが)だろうし、何よりも週末営業が原則のJRA側が平日の営業コストを負担してまでパイの小さい地方競馬の馬券発売に乗り出す営業上のメリットは皆無だろう。

―中央・地方での電話投票システムの相互開放の可能性―

 今後は、中央・地方間での相互発売を電話投票システムのレベルで解禁することの方が、むしろ本丸の議論となるはずである。なぜならば、電話投票システムの方が、集客と低コスト運営についての将来性が、競馬場・場外馬券売場レベルでの相互発売以上に見込めるはずだからである。中央競馬のI-PATで地方競馬の馬券が購入できるようになるか、はたまた地方競馬D-net中央競馬の馬券が購入できるようになるか、ひと思いにI-PATとD-netを統合した方がファンにとっての利便性は大きいのではないか―。こちらの方面についても、今後の議論(されるのか? )の推移を見守りたいところである。