競馬サブカルチャー論・第10回:馬と『今日からマ王!』〜ライトノベルに隠された普遍的な競馬メタ・メッセージ〜

 この連載は有史以来常に人間とともに在った名馬たちの記録である。実在・架空を問わず全く無名の馬から有名の誉れ高き馬まで、歴史の決定的場面の中において何ものかの精神を体現し、数々の奇跡的所業を成し遂げてきた姿と、その原動力となった愛と真実を余すところなく文章化したものである。 イメージ画像

 ―馬は、常に人間の傍らに在る。

 その存在は、競馬の中核的な構成要素に留まらず、漫画・アニメ・小説・音楽―ありとあらゆる文化的事象にまで及ぶ。この連載は、サブカルチャーの諸場面において、決定的な役割を担ってきた有名無名の馬の姿を明らかにしていきたい。

− 今日からマ王! より−

 正義感と負けん気が人一倍つよい渋谷有利(ユーリ)は、不良にからまれていた友人を助けて返り討ちに遭い、公園の洋式トイレに連れ込まれた末に便器に顔を…と思ったら、いきなり水流に呑まれ、なぜか欧風異世界にたどりついてしまった。びしょ濡れ学ラン姿のユーリを見て、人間たちは大パニック!こっちの世界では、黒目・黒髪・黒衣は、最強の魔王の証だった…!

 今日からマ王!は、喬林知氏によるライトノベルの人気シリーズを原作に、現在NHK(!)のBS2で放映中のアニメである。「普通の家庭に生まれ(ただし、ママンはちょっとヘンかも)、普通の学校に通う、普通の野球少年である渋谷有利が、なぜか魔族たちの『眞魔国』に魔王として迎えられ、魔族を敵視する人間たちとの抗争に巻き込まれていく」―という、ファンタジー溢れるトンデモ設定は、ライトノベルではそう目新しいものではない。しかし、登場人物の大多数がなぜか「美形」という特徴によって「大きなお姉さん」たちの心を鷲づかみにしたことだけに、「今日からマ王!」の商業的成功の要因を帰することは即断に過ぎよう。登場する主要キャラクターのキャラの立った個性が生き生きと描かれる様が本来のターゲットである少年少女たちの心をつかんだ、という要素も否定はできないはずだ。Googleのキーワード検索で「ホモアニメ」と引くと、なぜかこのアニメ関連のページ・記事が大量に引っかかるが、これのみをもって「今日からマ王!」というアニメを断じることは、決して公正な視点とはいえない。

 この作品において、馬は極めて重要な意味を持つ役割を与えられている。もともと「剣と魔法のファンタジー世界」においては重要な役割を果たすことが多い馬であるが、「今日からマ王!」における馬は、もし馬の存在なくば、「今日からマ王!」の世界自体が成立し得ない、それほど重大な役割を果たしている。しかも、その中には競馬界に普遍的に通用するメッセージまでが託され、隠されていたのである。

 アニメの第1回、「流されて異世界」で、不良によって水洗トイレに流されて(?)しまった有利が流れ着いたのは、アルプスのような人間たちの山村だった。村人たちは、有利の黒い髪、黒い瞳、黒い学ランを見て、魔王降臨の恐怖におびえる。

 有利は、そんな村人たちの中から現れた謎の男(アーダルベルト。マッチョ)の魔法(?)によって、現地の人々と言葉が通じるようになる。だが、村人たちは

「だけど相手は丸腰だ。しかも見てみな、髪も眼も黒い双黒だ。双黒のものを手に入れられれば、不老不死の力を得るというぜ…」
「聞いたことあるよ。それで西の公国では、懸賞金がかかってるって…」

と物騒なことを話し合いながら、手に持っていた鍬などを握り締め、有利に異様な視線を向ける…。

 そんなところに現れたのが、魔王を救出するために馬を飛ばして駆けつけたコンラート(美青年)であった。剣を交える謎の男とコンラート、逃げ出す村人たち。有利は、その傍らでコンラートが連れてきた翼の生えた骸骨によって連れ去られ、その先で自分が魔王として迎えられたことを知るのである。

 このシーンを見れば明らかなとおり、コンラートが馬で駆けつけなければ、有利は魔王への恐怖に怯えた村人たちによってどうされていたか分からない。懸賞金目当てで西の公国に売り飛ばされるか、不老不死の力を得るために食べられてしまっていたかもしれない。

 しかし、有利は馬に乗ったコンラートが間に合ったおかげで救出され、魔王になることができた。その後、有利は魔王として、眞魔国で様々な冒険をすることになったのだから、この一事をもってしても、今日からマ王!」の世界がいかに馬に深く依存しているかが読み取れるだろう。

 しかも、この世界で馬の果たす役割は、第1回だけでもこれだけにとどまらないのだから、たいしたものである。

 コンラート、眞魔国重臣ギュンターとともに王都へ連れて行かれた有利は、おとなしい馬に乗って入城する。有利は、新魔王として国民たちから歓呼を持って迎えられる。…のだが、その時おとなしいはずの有利の馬がアブに襲われて驚いて、暴走開始。城の中に入ったところでついに放り出されてしまう。

「これが…陛下?」

 ―無様な姿を晒してしまった有利を冷たく迎えたのが、やはり眞魔国重臣であり、コンラートの兄であるグウェンダル(美青年)と、弟のヴォルフラム(美少年)であった。

 「今日からマ王!」がホモアニメとばかにされる所以は、有利とヴォルフラムの関係にある。この不幸な出会いもあって、有利を魔王と認めないヴォルフラムは、後に晩餐会で有利だけでなく有利のママンをも侮辱したため、激怒した有利によって左頬に平手打ちを食らわされる。おまけに

「陛下、取り消してください!」

とあわてるギュンターらに対し、ご丁寧に

「絶対に取り消さねえ!」

と宣言する有利。…眞魔国において、相手の左頬への平手打ちとは、最も正当な球根、もとい求婚の意思表示だったのである。こうして有利とヴォルフラムは、当人同士の意思を無視して「婚約者」となってしまう。それが、「今日からマ王!」が本来のターゲットである子供たちを置き去りにして、「大きなお姉さん」たちの魂を完全にとらえた瞬間であった。

 基本的には聡明で手回しのいいギュンター、コンラートが乗馬経験のない有利のために用意し、さらに不安がる有利に対して

「おとなしい馬だから大丈夫ですよ」

と太鼓判を押したくらいなのだから、たぶん有利が乗った馬は、本当に気性のおとなしい馬だったのだろう。ただ、気性はおとなしくても気の小さな馬だったのだろう、それゆえ、あぶに驚いて我を失って暴走してしまった。乗馬初心者で、ギュンターらの勧めるままに馬に乗ったにもかかわらずひどい目にあってしまった有利は、これだけでも被害者といっていい。

 しかし、結果的に有利の無様な姿を晒したこの事件は、「馬にもろくに乗れない」有利に対するヴォルフラムの反感を高める結果となってしまい、後のママン侮辱→平手打ち→婚約成立、という流れの伏線となっていく。有利にとっては、つくづく災難だったというよりほかにない(有利に「その方面」の気配はない)。こうしてみると、今日からマ王!」の物語は、冒頭からとことん馬に依存し切っている

 さらに、この事件が「今日からマ王!」のサブカル界での位置付けまで決めてしまったという側面も見逃せない。筆者が最初にこのアニメを見た時、ヴォルフラムは「男装の美少女」と思っていたくらいである。それほどに、有利とヴォルフラムの「婚約者」という関係は、物語の中で自然なものとして溶け込んでいる。だが、一部で「ホモアニメ」と断じられることから受ける印象とは異なり、それはあくまでもギャグの域内での処理である。「今日からマ王!」は、別にPTAに眉をひそめられるようなアニメではない。…とはいえ、いったん貼られてしまった「ホモアニメ」のレッテルは強烈である。こうして「今日からマ王!」というアニメは、ヘンな意味で「大きなお姉さんたち」の注目作品となり、妙な意味での商業的成功を収めたのである。果たして喜ぶべきことなのかどうかは別として―。

 このように、「今日からマ王!」の世界は、冒頭から馬によって大きくその方向性を決定づけられた。魔王・有利にしてみれば、馬のおかげで村人たちに売却or捕食されずに済んだのは幸運だったのだろうが、そのツケは、馬の暴走も遠因となった美少年・ヴォルフラムとの婚約という形で清算させられる羽目になってしまった。

 これは、「勝つ時もあれば、負ける時もある」という競馬、馬券の宿命を、物語内の有利と馬が果たした役割に仮託して送り出されたメッセージである、ともとれる。そういえば、物語内では有利がその名前ゆえに「渋谷有利、原宿不利ってか?原宿をバカにしてるのか!」と怒られるシーンがあるが、これも渋谷にはウインズがあるが、原宿にはウインズがないことへのスタッフの抗議ととれる。競馬ファンにとって、「渋谷有利、原宿不利」は真理なのである

 こうしてみると、「今日からマ王!」とは、実は良質な競馬界へのメッセージを託された暗号なのではないかと思えてくる。少なくとも、一介の「ホモアニメ」などでは断じてない。そして、そんな役割があるとは夢にも思っていないであろう「大きなお姉さん」たちからカネを吐き出させ、サブカル界の振興と競馬界のメッセージ布教に今も成功していると思えば、馬が果たしている、かくも計り知れない役割の大きさがうかがい知れる。

 このアニメに象徴されるとおり、競馬界のメッセージは、街のさまざまなところに隠れている。そこに馬がいるから。馬は、常に人間の傍らに在る―。(文責:ぺ)