競馬サブカルチャー論・第16回:馬と『Fate/stay night』〜「燃え」によるビジュアルノベルの復興/英雄的"馬"表現の金字塔〜

 この連載は有史以来常に人間とともに在った名馬たちの記録である。実在・架空を問わず全く無名の馬から有名の誉れ高き馬まで、歴史の決定的場面の中において何ものかの精神を体現し、数々の奇跡的所業を成し遂げてきた姿と、その原動力となった愛と真実を余すところなく文章化したものである。
 「―体は剣で出来ている。」「―問おう、貴方が私のマスターか」―馬は、常に人間の傍らに在る。
 その存在は、競馬の中核的な構成要素に留まらず、漫画・アニメ・ゲーム・小説・音楽―ありとあらゆる文化的事象にまで及ぶ。この連載は、サブカルチャーの諸場面において、決定的な役割を担ってきた有名無名の馬の姿を明らかにしていきたい。
 ※以下の記述・文中リンクは、18歳未満に販売されない商品に関するものを含みます。
 
TYPE-MOON 『Fate/stay night』 より―

 それは、稲妻のような切っ先だった。
 心臓を串刺しにせんと繰り出される槍の穂先。
 躱そうとする試みは無意味だろう。
 それが稲妻である以上、人の目では捉えられない。
 だが。
 この身を貫こうとする稲妻は、
 この身を救おうとする月光に弾かれた。
 しゃらん、という華麗な音。
 否。目前に降り立った音は、真実鉄よりも重い。
 およそ華やかさとは無縁であり、纏(まと)った鎧の無骨さは凍てついた夜気そのものだ。
 華美な響きなど有る筈がない。
 本来響いた音は鋼。
 ただ、それを鈴の音と変えるだけの美しさを、その騎士が持っていただけ。
「―――問おう。貴方が、私のマスターか」
 闇を弾く声で、彼女は言った。
「召喚に従い参上した。
 これより我が剣は貴方と共にあり、貴方の運命は私と共にある。―――ここに、契約は完了した」

 時間は止まっていた。
 おそらくは一秒すらなかった光景。
 されど。
 その姿ならば、たとえ地獄に落ちようと、鮮明に思い返す事ができるだろう。
 僅かに振り向く横顔。
 どこまでも穏やかな聖緑の瞳。
 時間はこの瞬間のみ永遠となり、
 彼女を象徴する青い衣が風に揺れる。
   ――――差し込むのは僅かな蒼光。
       金砂のような髪が、月の光に濡れていた。

 幼い頃火災によって両親を失い、孤児になった衛宮士郎は、自らを魔術師と名乗る人物に引き取られる。その養父の反対を押し切って魔術を習い始める士郎だったが、才能を持たない彼が何年とかけて身につけた魔術は、結局ただの一つだけだった。
 そうして現在。養父も今は亡く、魔術師としても半人前のまま成長した士郎は偶然に「マスター」と呼ばれる魔術師たちの戦いに巻き込まれてしまう。望まぬままに七人の「サーヴァント」の一人「セイバー」のマスターとなった士郎は、「どんな願いでもかなえる」と言われる聖杯を手に入れるための戦い…「聖杯戦争」に身を投じる事になる。
 聖杯戦争における聖杯の行方は、聖杯自身によって召喚される7種類の英霊(サーヴァント)と、その主人(マスター)たる7人の魔術師の戦いに委ねられる。ここに登場するサーヴァントとは、以下の7種類である。
 セイバー(騎士)
 アーチャー(弓兵)
 ランサー(槍兵)
 ライダー(騎兵)
 キャスター(魔術師)
 アサシン(暗殺者)
 バーサーカー(狂戦士)
 これらのサーヴァントは、前記の7つのうちいずれかの属性を持つ歴史上、または伝説上の英雄たちが現界したものであり、当然のことながら常人をはるかに超える能力を持ち、またそれぞれの最終兵器であり、かつ自らのシンボルともいうべき「宝具」を擁している。だが、本来実体を持たない存在である彼らは、優れた魔力を持つ魔術師たる人間をマスターとして契約し、その魔力を分け与えられることでこの世にとどまり、か弱い人間に過ぎないマスターに依存する存在となる。そんな7組のマスターとサーヴァントたちによる殺し合いが「聖杯戦争」の本質であり、その結果勝ち残った1組の勝者のみが聖杯を手にすることができるのだ―。

 「Fate/Stay night」は、2004年1月30日にTYPE-MOONから発売された成人向けコンピューターゲーム(いわゆる18禁ゲーム)である。
 「Fate/Stay night」が発売された2004年1月当時、18禁PCゲーム業界の景気は冷え込んでいた。それ以前に18禁PCゲームで年間売上ランキング1位を獲得するソフトの売上は10万本前後だったのに対して、2002年から2003年にかけてはトップクラスでも5〜6万本の売上しか確保できず、業界全体の底冷えが指摘されていた。ところが、そんな悪い流れの中で発売されたはずの「Fate/Stay night」は、業界そのものの不景気を嘲うように売れに売れ、18禁PCゲーム業界の売上統計が明確になった1998年以降としては最高といわれる、年間14万本というセールスを記録した。
 
 「Fate/Stay night」のジャンルは、近年の18禁ゲーム界の主流を占める「ビジュアルノベル」に属している。ビジュアルノベルとは、従来のアドベンチャーゲームから発展した一形態であり、小説風の文章を読み進めていくことを基本線としつつ、パソコンの機能を生かしたCG、BGMや効果音をまじえることで、視覚・聴覚の両面からプレイヤーの感覚を喚起する方式のゲームである。また、この種のゲームは、主人公の行動等の選択肢を提示することで物語を分岐させ、プレイヤーに様々な分岐を体験させるものが多いことも特徴である。
 「Fate/Stay night」のゲームシステムは、伝統的なビジュアルノベルそのものであり、ゲームシステムに斬新さはない。そうであるにも関わらず「Fate/Stay night」が記録的なヒット作となった背景には、ゲーム界の主流を占めるに至ったビジュアルノベルの歴史の中で、このゲームが極めて重大な意味を持っていたからにほかならない。

 18禁ゲームに限定せず、ゲーム界におけるビジュアルノベルの始祖とされているのは、1992年3月に発売されたスーパーファミコン用ソフト「弟切草」である。
 それ以前のゲームにも文章の選択肢によって進行していく形式のゲームが存在していなかったわけではなかったものの、当時は映像・音源技術が未発達であり、また製作者側のビジュアルノベル(この言葉自体がまだ存在しなかったが)製作への能力・熱意が不足していたこともあって、それらの内容は非常に貧弱なものに過ぎず、ゲームとしてプレイヤーを満足させる域には遠く及ばなかった。当時のアドベンチャーゲームの中で主流を占めていた「コマンド総当たり方式」と対照して、「文章の選択肢方式」は、「製作者の手抜き」「ゲームという形式を取る意味がない」等と酷評されており、また実際にそう言われても仕方のない水準のものでしかなかったのである。
 しかし、映像・音源技術の急速な進歩と、ゲーム界への新たな才能の流入は、ビジュアルノベルをゲーム界の新たな一ジャンルへ成長させる結果となった。シナリオライターとして「特捜最前線」「華の嵐」「都会の森」など多くのテレビドラマで名作を生み出してきた脚本家の長坂秀佳を起用した「弟切草」が、スーパーファミコンの画像処理・音源をフルに生かしたコラボレーションで好評を博し、「サウンドノベル*1をゲーム界の新たな一ジャンルとして模索する試みが、急速に広まっていった。
 そして、それは18禁ゲームの世界も例外ではなかった。
 
 18禁ゲーム界におけるビジュアルノベルの原型としては、シルキーズ(エルフの姉妹ブランド)から発売された「河原崎家の一族」(1993年)、「野々村病院の人々」(1994年)等を挙げることができる。文章選択肢型アドベンチャーゲームという「箱」に、「ひとつのゲームに複数のシナリオがある」マルチシナリオという「中身」を入れ、かつCG、BGMや効果音をもゲームを盛り上げる一要素として意識したこれらの作品は、間違いなく「弟切草」の影響を受けたものであり、ビジュアルノベル18禁ゲームにおける萌芽を示すものだった。
 もっとも、「河原崎家の一族」「野々村病院の人々」の発売がただちにビジュアルノベルの急激な発展につながることはなかった。PC版18禁ゲームといえば、かつては「ゲーム」とは名ばかりでゲーム性が皆無の低レベルな「エロCG集」でしかなかった。そんな業界に一般ゲームにも負けないゲーム性を持ち込んで革命をもたらしたメーカーのひとつがエルフであり、「ドラゴンナイト」シリーズ、「同級生」シリーズ、「遺作」等のヒット作はその所産だったわけだが、それゆえに彼らは「従来型のゲーム性」へのこだわりを捨て切れなかったのである。
 その結果、彼らは「河原崎家の一族」「野々村病院の人々」で自らが示した新時代の可能性を、自分自身が見落としてしまった。エルフが製作するゲームは、その後もゲーム性の呪縛を離れることができず、ビジュアルノベル的ゲームを発展させる試みでは完全に遅れをとってしまったのである。(ビジュアルノベルの黎明期)
 
 18禁ゲーム界で「ビジュアルノベル」がひとつのジャンルとして明確に意識されるようになったのは、「」(1996年1月)、「」(1996年7月)、「To Heart」(1997年5月)の「ビジュアルノベル三部作」で鮮烈にデビューしたLeafの功績であることに、おそらく争いの余地はないだろう。1995年の創設当初はまったくの無名メーカーのひとつに過ぎなかったLeafだが、ビジュアルノベルに活路を見出して打ち出した前記三部作のヒットによって、見事メジャーブランドへのデビューを飾る。
 もっとも、「」「」「To Heart」は、三部作とはいってもかなりの幅がある作品だった。猟奇的・伝奇的な作風でマニア向けな評価がされていた「」「」の段階では、Leafの評価はあくまでも「意外といいゲームを出す」という程度にとどまっており、ビジュアルノベルというジャンルの基礎固めにはなっても、それ以上のものとはなっていなかった。Leafビジュアルノベルという枠すら越え、一気に18禁ゲーム業界の帝王にまで登頂せしめたのは、前二作とは打って変わった王道学園ドラマを基調とし、大衆受けする明るい作風で売り出した「To Heart」だった。 
 「」「」「To Heart」の微妙な関係は、結果として、業界におけるビジュアルノベルの位置付けを混乱させることになった。三部作といいながらも前の二作と最後の一作の作風は明らかに異なり、その中でも作風としては異端に当たる「To Heart」が圧倒的な比重を占めた結果、大衆は「To Heart」の成功をビジュアルノベルというジャンルそのものの将来性を示すものではなく、「To Heart」に内在する「何か」によるものと思い込んだのである。その結果導き出されたのは、「To Heart」人気の源泉となった「マルチ」シナリオの解析によって、その特徴として抽出されることになった「泣き」である。(ビジュアルノベルの発展期)
 
 「To Heart」以降、18禁ゲーム界においてもビジュアルノベルが全盛期を迎える。…だが、本来ビジュアルノベルとは小説仕立てのゲームであり、喜劇もあれば悲劇もあり、喜怒哀楽、その他人間のあらゆる感情を発露する手段たり得たはずである。ビジュアルノベルの発展の方向性が「To Heart」によって決定付けられたがゆえに、その後のビジュアルノベルというジャンルそのものは、「To Heart」の影響を受けて「泣き」に極めて大きな比重がかかる形で形成されていったのである。
 「To Heart」によって18禁ゲーム界の王者となったLeafだが、その後はスタッフの離合集散があったり、冒険的な路線が必ずしもプレイヤーの支持を受けられなかったりといった迷走もあり、その王座は決して磐石のものではなかった。しかし、そんなLeafを追って新たな王者の地位に就いたのも、Leaf以上に純化された「泣き」のシナリオを誇るKeyであったことから、ビジュアルノベルの栄華は頂点に達した。
 Keyは、もともとはTacticsという中堅ブランドで「ONE〜輝く季節へ〜」(1998年5月)を製作したスタッフたちが、ほぼ丸ごと移籍する形で立ち上げたブランドであり、1作目の「Kanon」が1999年6月発売であることからも、ビジュアルノベルとしてはかなりの後発にあたる。
 しかしながら、当時のビジュアルノベル界は、「WHITE ALBUM」(Leaf,1998年5月)、「加奈〜いもうと〜」(ディーオー,1999年6月)等、「泣き」の全盛期にあった*2。そんな中でKeyが送り出した「Kanon」は、「奇跡」を題材としつつも、その実は徹頭徹尾「プレイヤーの涙腺をいかにして破壊するか」という「泣きゲー」としての側面において、計算し尽くされた名作として認知されたのである。
 こうして、デビュー作でその実力を示したKeyは、やがて2作目の「AIR」(2000年9月)でその名声を不動のものとする。前作の「Kanon」は、「奇跡」を題材としつつ、全ヒロインの攻略という従来型マルチシナリオを踏襲し、さらにすべての物語の基本としてハッピーエンドを追求したがゆえに「わざとらしい」という批判も受けた。これに対して「AIR」は、「Kanon」からさらに発展し、あるヒロインの物語を中核に据え、「DREAM編」「SUMMER編」「AIR編」という重層的シナリオを採用することによって、その主題を深く掘り下げながら「泣き」を完成させるという手法を駆使するものだった。「AIR」は多くのユーザーに衝撃を与え、「泣きゲー」としてのビジュアルノベルはひとつの究極を迎えた。(ビジュアルノベルの繁栄期)
 
 しかし、「To Heart」に始まり「AIR」に至ったビジュアルノベルの発展は、あくまでも「To Heart」によって定義された「泣き」の延長線上におけるものに過ぎなかった。本来無限の可能性を持つべきビジュアルノベルであっても、単一方向のみからのアプローチによる発展は、必ず限界に行き着く。
 「AIR」以降のビジュアルノベル界において、それまで業界を牽引する役割を果たした「泣きゲー」は、長い停滞へと陥っていく。この時期にも無数のビジュアルノベルが送り出されたものの、それらは世界観やキャラの外形のみを踏襲した「劣化To Heart」「模造AIR」の域を出ず、オリジナルがもたらした衝撃や感動を再現するどころか、むしろそれらが使い古されるに比例して、次第に飽きられていった。
 「AIR」によってビジュアルノベル界の新たな覇者となったかに見えたKeyですら、ファンから「大空位時代」と称された4年に及ぶ空白の末にようやく発売された次回作「CLANNAD」(2004年4月)においては、シナリオそのものは「AIR」よりさらに長大になったものの、それがゲームとしての評価に比例することはなく、むしろ(「AIR」の時代よりはるかに舌が肥えた)一部のプレイヤーからは「陳腐・退屈なもの」と評価されるという形で敗北を喫している。おそらく、Keyのスタッフは、無限に肥大するプレイヤーからの要求に対し、「泣き」要素で「AIR」以上のものを応え続けることが不可能だと気付いたからこそ、「AIR」で成功させた重層的シナリオ構造をより複雑に発展させることで、プレイヤーから「泣き」要素だけではない評価を得ようとしたのであろう。しかし、そうした「CLANNAD」における技術面の試みは、あくまでもビジュアルノベルの副次的な要素に過ぎず、本末転倒になってしまったきらいは否めない。
 「To Heart」以降の「泣き」要素のみを中心とするビジュアルノベルは、明らかに行き詰まりを迎えていた。(ビジュアルノベルの停滞期)
 
 無論、その間、18禁ゲームビジュアルノベルに、「To Heart」に始まり「AIR」に至る流れ以外のものが存在しなかったわけではない。
 たとえば、「泣きゲー」のジャンルからは、当初の純粋な感動を目的とした「泣き」だけでなく、主人公とシンクロして苦悩を分かち合った結果として、あるいは己の無力さに涙を流すことを目的とする「鬱ゲー」のジャンルが分岐し、独自の発展を遂げている。
 20世紀末に、ノストラダムスの大予言による影響を受けたと思われる厭世的・絶望的世界観に基づくビジュアルノベルが多数出たのもその系統なら、「WHITE ALBUM」で認知された「ヒロインの間で揺れ動く主人公の苦悩」というテーマも従来の「泣きゲー」の域を超えた成長を見せ、「君が望む永遠」(アージュ,2001年8月)という形で大きく結実するに至る。
 しかし、この路線も同様の行き詰まりを見せ、業界の低迷の中でビジュアルノベル、否、18禁ゲーム全体の将来性を疑う声すら挙がっていた。狭いジャンル内におけるストーリーの袋小路は、当時、既に18禁ゲーム界の主流を占めるに至っていたビジュアルノベルというジャンルだっただけに影響が大きく、それが18禁ゲーム界全体の低迷につながったのである。
 そんな18禁ゲーム界の危機に颯爽と現れたのが、「Fate/Stay night」である。

 商業ブランドとしてのTYPE-MOONにとって、「Fate/Stay night」は処女作にあたる。もっとも、多くのユーザーにとって、TYPE-MOONは海のものとも山のものとも知れぬブランドでは既になかった。もともと同人サークルとして始まったTYPE-MOONは、同人ゲームという形で「月姫」(2000年12月)、ファンディスク「歌月十夜」(2001年8月)を大成功させた実績がある。
 そのTYPE-MOONが商業化を決断し、「歌月十夜」から数えて2年半に渡る空白の後に満を持して送り出したのが「Fate/Stay night」であった。「Fate/Stay night」は、構想の発表直後から「月姫」ファンはもちろん、そうでない層からの期待を集め、大作として注目を集めていた。
 とはいえ、大作として期待されていた作品が、いざ発売されてみると単なる駄作であることも珍しいことではない。しかし、「Fate/Stay night」についてはそのような懸念は無用だった。実際にプレーしてみれば、「月姫」でやや文語調で流麗な文体のシナリオライターとして知られるようになった奈須きのこの筆力は健在で、設定・ストーリーとキャラクターを見事に融合させていた。しかも、商業化によって技術の向上が伴い、衝撃的なOPムービー、戦闘シーンで多用される画面が動いていると錯覚するかのようなエフェクト、効果的な音楽・効果音など、いずれも極めて高いレベルでまとまっていた。
 「Fate/Stay night」は、ビジュアルノベルとして成功する最も基本的な要素を揃えていたのである。
 そして、ゲームを評価する場合、ほとんどのゲームでは少なくともひとつのルートくらいクリアしないと下せないものだろうが、「Fate/Stay night」の場合、最初のルートである「fate」の中盤最初のヤマあたりで、もうゲームとしての凄みを確信できてしまう*3
 
 このルートでの士郎は、正体不明の少女騎士「セイバー」とともに「アーチャー」、「ランサー」、「バーサーカー」、「アサシン」の各サーヴァントとの戦いを経験することで、聖杯戦争、そして戦いという名の殺し合いの厳しさを学んでいく。
 そんな士郎と「セイバー」に襲いかかるのは、士郎の同級生である間桐慎二と、彼のサーヴァント「ライダー」。一度は彼らの学校での陰謀を阻止したものの、復讐に燃える慎二と「ライダー」は士郎と「セイバー」に再度の強襲をかけ、ついに「セイバー」を士郎から切り離し、高層ビルの屋上へとおびき出すことに成功する。―それは、他のマスターやサーヴァントに自分の「切り札」となる宝具を見せることなく強敵「セイバー」を抹殺するために仕組まれた罠だった。
 「セイバー」を追い、ようやくビルの屋上へとたどり着いた士郎。すると、そこで展開されていたのは、士郎の想像を絶する光景だった。

「な―――」
 空を仰ぐ。
 翼の羽ばたく音。
 白い、おぼろげな月の姿より白すぎる何かがいる。
 
 それは。
 神話の中でしか聞いた事のない、伝説上の『神秘』だった。
 
「――――――天、馬……?」
 
 ライダーの宝具の正体。
 屋上を焼きつかせ、セイバーに膝をつかせているモノの正体がソレだというのか。
 ライダーはそのクラスどおり、天かける馬に騎乗していた―――

 馬キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!
 
 それも、特製のイベントCG付きである。これほど直球勝負の「馬」は、我々が本・競馬サブカルチャー論で検討してきた通り、ジャンルを問わず名作であればあるほどあらゆる場面に馬をちりばめようとする傾向が強いサブカルにおいても他に類を見ない。
 士郎の目前に現れた「天馬」は、実は「ライダー」の切り札たる「宝具」ではない。「セイバー」を絶体絶命の危機に追い詰めた段階で、ようやく明らかになる彼女の真の宝具。それは…
 

「騎 英 の 手 綱」(ベルレフォーン)

 
 「(本来)優しすぎて戦いには向いていない」という天馬は、「ライダー」の宝具の発動によって獣性を滾らせ、「セイバー」を滅すべく、巨大な白い光となって襲いかかるのである…! これに対して「セイバー」も士郎を守るべく、彼女自身の宝具を発動し、最大奥義ともいうべき大技を繰り出す。…そして、その宝具によって士郎、そして我々プレイヤーは、それまで謎に包まれていた「セイバー」の正体を知ることになる。
 「Fate/Stay night」の勝利は、この瞬間に約束されていたと言っていい。このシーンは、間違いなく「Fate」ルートの中盤最初のヤマであり、また正ヒロイン「セイバー」の正体がプレイヤーの前に明らかにされるという超重要な局面である。その場において、そのものズバリの「天かける馬」が起用されているのは、スタッフの馬に対する高いリスペクトの賜物としか考えられない。馬に対する破格の扱いは、TYPE-MOONのスタッフが馬という生物に対して深い理解と高い見識を有していることの証左にほかならないのである。

 この付近までゲームを進めてきたプレイヤーは、そろそろ「Fate/Stay night」の本質に気付き始める。それは、彼らが当時慣れ切っていた「泣きゲー」型ビジュアルノベルとはまったく異なる世界。どこかで見たような遠い既視感―少年時代だけの懐かしい記憶―を刺激するこの世界は、自分たちが幼い頃に読んでいた少年漫画で、まさに彼ら自身が支持し、熱狂し、そして愛してきた輝ける思い出ではなかったか…?
 「Fate/Stay night」の主人公である士郎は、ゲーム開始当初、魔術師としての能力は皆無に近い。しかし、自覚もないまま聖杯戦争に偶然巻き込まれた士郎は、命を賭けた戦いの中でひたすらに努力して己を磨き、自らのサーヴァントである「セイバー」や彼に協力を申し出るヒロイン「遠坂凛」らと友情・愛情を育み、時には敵でありながらも侠気のある者と協力し、犠牲を出したりもしながら、それらの苦難を乗り越えて成長し、最後の勝利へ近付いていく。それは、現在の18禁ゲームを支える年齢層が少年だった1980年代に黄金時代を迎えていた少年漫画界で特に好まれていた「燃え」の王道を地で行くストーリー構成といえる。
 このような「燃え」の世界をビジュアルノベルで正面から展開したこと―それが、「Fate/Stay night」大ヒットの理由であり、また勝因である。従来の「泣き」を原点に発達してきた18禁ビジュアルノベル―まず「泣きゲー」という定義が決し、その定義に基づいて「いかに泣かせるか」という過程を組み上げてきた「泣きゲー」とは、その出発点が違う。いかに読み手の血を沸き立たせ、肉を躍らせるかという「燃え」を出発点とする「Fate/Stay night」は、当時の18禁ビジュアルノベル界の情勢の中では極めて斬新な世界だったのである。
 「燃え」を基調とするストーリーは、本来ならば、漫画界のみならずアニメ界、そしてゲーム界においても一般的なものに過ぎない。18禁ゲーム界における「燃え」ゲームとしては、アリスソフトから発売された「Only You〜世紀末のジュリエットたち〜」(1995年12月)が名高い。「ガンダム」シリーズの最高傑作であり、「燃えアニメ」といわれれば必ず名前が挙がる「機動武闘伝Gガンダム」を、18禁ゲーム的にインスパイヤしたといわれるこの作品もまた熱血、すなわち「燃え」をテーマにしている。だが、他のジャンルにおいてはそれほどに使い古された少年漫画的熱血世界は、こと18禁ビジュアルノベル界においては、路線を突き詰めるどころか、そのような発想で製作されたものすらほとんど存在しなかった。
 このことは、18禁ビジュアルノベル界の発展期において主流を占めた、「To Heart」に始まり「AIR」に至る「泣きゲー」の幻影がいかに堅固なものであったかを物語っている。「泣きゲー」を作っておけば売れる―そんな時代は、その裏で他のジャンルの発展を阻害し、18禁ビジュアルノベルの発展の限界をも示していた。「泣き」だけでは、もはや新たな地平を見出すことはできない。閉塞感とともに衰退しつつあった18禁ビジュアルノベルは、次々と現れる敵に成長する主人公とその仲間たちが立ち向かうという「Fate/Stay night」の成功により、ようやく「To Heart」以降の「泣き」の幻影から解き放たれたのである。(ビジュアルノベルの復興期)
 
 「泣きゲーでなくても、面白いものを作れば売れる」
 「Fate/Stay night」は、そんな当然過ぎるほど当然の摂理を18禁ビジュアルノベル界に甦らせた。その後の18禁ビジュアルノベル界は、もはや「泣き」にとらわれず様々な喜怒哀楽の世界が花咲くようになった。業界における文化の多様性を復活させたことこそ、「Fate/Stay night」が18禁ビジュアルノベル、そして日本の18禁ゲームにもたらした最大の功績といえよう。「Fate/Stay night」は、間違いなく歴史のひとつのターニングポイントとなったのである。
 「Fate/Stay night」における「燃え」の雰囲気自体は、「セイバー」対「ライダー」の決戦以前からプレイヤーに少しずつ示されていく。士郎と「セイバー」との邂逅、最強の敵「バーサーカー」や魔剣士「アサシン」との遭遇戦―いずれも「燃える」展開である。だが、プレイヤーがそれを決定的に受け止めることができるのは、やはり「人外の力を持つ」サーヴァントたちが奥の手である「宝具」を激突させるようになった後のことであり、その第一弾は「ライダー」と「セイバー」の宝具決戦なのである。このシーンに馬を持ってくるとは、TYPE-MOONは馬の使い方を実によく知っている。よほどの深い理解と高い見識なくして、できることではない。「ライダー」と「セイバー」の宝具決戦は「fate」だけでなく、最終ルートの「Heaven's Feel」でも形を変えて展開されるから、なおさらである。

 もっとも、馬に対して深い理解と高い見識を有するTYPE-MOONのスタッフの姿勢ゆえに、我々プレイヤーに対して厳しい要求として突きつけられたものもある。それは、ゲーム中のサブヒロインの位置付けである。
 「Fate/Stay night」における3ルートのヒロインは、「fate」が「セイバー」、「Unlimited Blade works」が遠坂凛、そして「Heaven's Feel」が魔…もとい、間桐桜とされている。しかし、その他のサブヒロインとして彼女たち以外にイリヤスフィール・フォン・アインツベルン(ロリっ娘)、藤村大河(「藤ねえ」こと「タイガー」)がおり、ファンからは彼女たちのルートを切望する声が存在していた。にもかかわらず、彼女たちのルートが実装されることはなかった。特に、タイガーは3ルートのいずれでも後半は空気と化してしまう。彼女の最大の活躍の場は、選択肢を誤ってバッドエンドを迎えた時にその原因を教えてくれる「タイガー道場」というおまけコーナーの司会役である。
 タイガーは、皆に愛されている。全ルートで後半は空気と化しているにもかかわらず、アニメ版では中の人として現ロサ・キネンシスを起用されるほどに圧倒的存在感を放っている。
 
 しかし、イリヤとタイガーは、大きな過ちを犯していた。「タイガー道場7」で、藤村大河イリヤの問いに対して

「きかぬ! 怖い話と競馬の話はだいっ嫌いでござる!」*4

と、とてつもない失言をしてしまったのである。これは、失言をしたタイガーと、不用意な問いかけでそれを引き出してしまったイリヤの罪である。この罪があっては、馬に深い理解と高い見識を示すスタッフの逆鱗に触れて出番を削られ、また独自ルートを奪われてしまっても仕方がない。
 もしもイリヤ・ルートやタイガー・ルートをも実装していたとすれば、「Fate/Stay night」の売上はもっと増えていたに違いない。しかし、TYPE-MOONは妥協しなかった。自らの仕事に矜持を持ち、馬に対して正当なリスペクトを払う彼らに製作されたからこそ、「Fate/Stay night」は名作の域を超えてひとつの文学たり得ている。そんな彼らがイリヤとタイガーの過失を重大に受け止め、その結果イリヤ・ルートとタイガー・ルートの実装を拒否し、さらに物語の中核に関わる場面からタイガーの出番を削ったというのである。我々はそれを受け入れるしかない。彼女たちは、馬に対する敬意の欠如ゆえに、馬と正しく接することで「fate」ルートのみならず「Heaven's Feel」ルートでも見せ場を確保した「ライダー」の前に敗れ去ったのである。

 これほどまでに厳しい姿勢で製作された「Fate/Stay night」である。大成功することは当然の宿命だった。人気サブキャラですら泣いて謖を切る覚悟を示すほど、自らに対して正しい敬意を払った作り手に対し、馬頭観音も加護を与えないはずがない。こうして時代の潮流、スタッフの実力、そして馬の加護まで得た「Fate/Stay night」には、畏れるものなど何もなかったのである。
 その時、歴史は動いた。
 「Fate/Stay night」は、18禁ビジュアルノベルに「燃え」を持ち込むことでこの業界の未来が「泣き」だけでないことを示し、さらに「燃え」でプレイヤーをさんざん引き込んだ末に、シナリオのクライマックスで壮大な「泣き」まで持ってくる。これほどの「Fate/Stay night」が、かつての名作を単に模倣しただけの凡作…プレー中から作り手の「さあ泣け、お前ら、これで泣くだろう」という浅薄な狙いが明らかなものに慣らされてきたプレイヤーに対してディープインパクトをもたらし、21世紀型18禁ビジュアルノベルの極北となることは、もはや歴史的必然であった。「Fate/Stay night」は、作品自体のクオリティだけでなく、時代の流れにも乗ってビジュアルノベルの歴史を変える名作となった。
 そんな「Fate/Stay night」の底流に流れているのは、スタッフの馬に対する深い見識と高い理解である。彼らの姿勢は、物語の中でも屈指の重要な場面にそのものズバリの馬を起用するという積極的な形だけでなく、失言とはいえ競馬を悪く言ったサブヒロインには、その圧倒的な魅力と人気を犠牲にしてまでも単独ルートを消し、さらに出番そのものを減らすほどであった。これほどの厳しさで馬に対する忠誠を示したTYPE-MOONに対し、馬もまた加護をもって応えた。その結果が、「Fate/Stay night」に対する我々の圧倒的賞賛だったのである。
 「Fate/Stay night」の大ヒットにより、18禁ビジュアルノベルの可能性が「To Heart」以降の「泣きゲー」における「泣き」に限定されるものでないことは天下に証明され、その後は「燃え」を含めて従来のスタイルにとらわれない自由な形式のビジュアルノベルが次々と発表され、18禁ビジュアルノベルは真の発展を遂げようとしている。もしこの世に「Fate/Stay night」が存在しなければ、18禁ビジュアルノベル界は「To Heart」や「AIR」の呪縛を脱することができないまま、「劣化To Heart」「不純AIR」を量産した挙句に飽きられ、見捨てられ、衰退していったことだろう。その意味で、「Fate/Stay night」は18禁ビジュアルノベルの救世主であった。
 
 馬の素晴らしさを理解する者は、時には人を救い、時には産業を救い、また時には世界をも救う。馬が果たした役割の大きさは、かくも計り知れない。
 そこに馬がいたから。馬は、常に人間の傍らに在る―。(文責:ぺ)

要旨1:『Fate/stay night』論
 1980年代様式・少年漫画的な「燃え」の世界をビジュアルノベルで正面から展開した「Fate/Stay night」は、停滞期に陥っていた18禁ビジュアルノベルを「泣き」の呪縛から解放し、ジャンルの多様性を復活させたという意味において、18禁PCゲーム業界の歴史的転換期を担った作品である。
 
要旨2:18禁ゲーム/ビジュアルノベル史観(試論)
―混沌から「泣きゲー」「欝ゲー」「燃えゲー」、そして多様性への回帰
 ・前 史 (1992年)
  「弟切草
 ・黎明期 (1993-1994年)
  「河原崎家の一族」「野々村病院の人々」
 ・発展期 (1996-1997年)
  「雫」「痕」「To Heart
 ・繁栄期 (1998-2000年)
  「ONE〜輝く季節へ〜」「WHITE ALBUM」「加奈〜いもうと〜
  「kanon」「AIR
 ・停滞期/大空位時代 (2001-2004年)
  「君が望む永遠」「CLANNAD
 ・復興期 (2004年-)
  「Fate/stay night
 
要旨3:馬と『Fate/stay night
 「Fate/Stay night」成功の背景には、「馬」を直球勝負で登場させるばかりか、競馬を冒涜するキャラクターに対しては「泣いて馬謖を切る」覚悟を示すほどの、TYPE-MOONスタッフによる馬に対するリスペクトがある。自らに対して正しい敬意を払った作り手に対し、馬頭観音も加護を与えないはずがない。

関連文献として、
・競馬サブカルチャー論・第15回:馬と『CLANNAD
 http://d.hatena.ne.jp/milkyhorse/20060406/p1
・競馬サブカルチャー論・第09回:馬と『河原崎家の一族 2』
 http://d.hatena.ne.jp/milkyhorse/20041224/1103821200
・競馬サブカルチャー論・第08回:馬と『同級生』
 http://d.hatena.ne.jp/milkyhorse/20041219/1103443200
美少女ゲームパラダイムは4年で交代する〔仮説〕
 http://d.hatena.ne.jp/genesis/20060406/p1 (博物士)
・競馬サブカルチャー論・第13回:馬と『機動武闘伝Gガンダム』(上)
 http://d.hatena.ne.jp/milkyhorse/20050317/1111046400
・競馬サブカルチャー論・第14回:馬と『機動武闘伝Gガンダム』(中)
 http://d.hatena.ne.jp/milkyhorse/20050504/1115177400
・競馬サブカルチャー論・第06回:馬と『華の嵐
 http://d.hatena.ne.jp/milkyhorse/20040619/1087656900
を挙げておきたい。

 ※はてなブックマークへの捕捉に触れました。ありがとうございます。
 ※本論に対する批評として、
 http://fairydoll.net/log/200604_2.html#060416
 http://d.hatena.ne.jp/kosonetu/20060417
 http://lab.vis.ne.jp/tsukihime/ (2006年5月4日付コメント)
 http://ilya0320.blog14.fc2.com/blog-entry-586.html
 http://www6.ocn.ne.jp/~katoyuu/ (2006年5月6日付)
に触れました。ありがとうございます。
 ※本論の記述・文中リンクには、18歳未満に販売されないはずの商品に関するものを含みます。

Fate/Stay night DVD版

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Fate/hollow ataraxia 通常版(DVD-ROM)

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Fate/stay night ORIGINAL SOUNDTRACK

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THIS ILLUSION

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Fate / hollow ataraxia テーマソング「hollow」

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Fate/stay nightイメージアルバム「Wish」

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Fate/another score-super remix tracks-

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disillusion

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Fate / stay night EDテーマソング「あなたがいた森」

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Fate/stay night 2 [DVD]

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TVアニメ版「Fate/stay night」DVDシリーズ

*1:ビジュアルノベル」と同義。もともとはこのジャンルを「サウンドノベル」と呼ぶ向きが多かったが、商標登録の関係で現在では「ビジュアルノベル」という呼称が主流となっている。

*2:前者の「WHITE ALBUM」は、後述する「鬱ゲー」の起源としての流れも汲んでいるが。

*3:Fate/Stay night」は、「fate」「Unlimited Blade works」「Heaven's Feel」という三つのシナリオから構成されている。

*4:これに関連して、「藤ねえは誰よりも深く馬を愛し、そしてもっとも馬への愛深きゆえに墜ちた」と情状酌量を求める愉快な論考として、http://fairydoll.net/log/200604_2.html#060416 に触れた。感動を禁じ得ない。必読。ただし、競馬好きに限る。